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“世界を感動で満たす”というSONYの社会的存在意義は創業者精神にあり!

“世界を感動で満たす”というSONYの社会的存在意義は創業者精神にあり!

以下の記事は2021年9月26日“北海道新聞の卓上四季”である。この記事は結語の“総裁選”を目的に書いたものであるが、その過程における記事内容が非常に興味深いので紹介する。

卓上四季を読んだうえで、以下の3つのポイントについて解説する。

  1. SONYの社会的存在意義(パーパス)は“世界を感動で満たす”は創業者精神にあり!
  2. 現在において、“資本主義ならぬ志本主義”が重要な時代である。
  3. ミッションは上部からの任務ではなく、自身のパーパス(存在意義)として具体化する。

 

  1. SONYの社会的存在意義(パーパス)は“世界を感動で満たす”は創業者精神にあり!

SONYというと、設立趣意書にある“自由闊達にして愉快なる理想工場の建設”という言葉が有名であるが、私は“最も国民生活に応用価値を有する優秀なるものの迅速なる製品、商品化”がSONYの商品開発の源泉にあると考える。

創業者である井深氏と盛田氏はこの言葉を具現化することをミッションとし、事業を展開したのではないだろうか。

そのうえで、この記事による吉田会長のメッセージ“世界を感動で満たす”は現在の世界環境や市場ニーズを捉えたうえで、SONYの原点である設立趣意書を応用したものである。

それは、まさしく現在のビジネスの本流となるスローガンになっている。

SONYは21世紀に入って試行錯誤を繰り返した時期があったが、その後は創業者精神に則り“原点回帰”したうえで現在の市場を照らし合わせたうえで新たなビジネスモデル(映画・音楽・ゲーム・金融等によるキャッシュインビジネス)を開発し、現在の業績に反映していると考える。

故に、SONYの組織文化は創業者精神が源流となって脈々と流れていると推察できるため、今後は更に業績が上がっていくと期待する。

【私見】

30年間、SONYの四文字看板の一員として経験すると、いかにSONYという会社は自由な中で仕事ができると同時に、自分自身が考えて実行するという必然的意識改革を持たせてくれる会社だと振り返ることができる。

その経験が現在の事業に生き、現会社の礎となって事業を支えてもらったと自負する。

特に、“チャレンジしていく精神力”はSONYという会社が潜在的に組織文化に融合しているものであり、この経験は情熱や熱意を振り絞って一歩一歩実現していく事業家としての成長過程となり、それらのスキルはSONYから教えてもらったものである。

また、この組織文化は設立趣意書全てに表されたものであり、会社が巨大化していった時でもその精神は常に宿っていたと振り返ることができる。

そして、直近の好業績の要因はどこにあるのか?!と疑問を感じていたが、この“世界を感動で満たす”という言葉はわかりやすく明快で、全社員を鼓舞させるスローガンである。

また、“SONYならできる!”という期待を持たせることができるのは不思議なくらいだ。創業に関わった多くの人が天の地から応援していることだろう。


  昨年亡くなった岩さんとSONY時代のアメリカ横断旅行


     ”5時からも仕事!”と思ってススキノへ

 

  1. 現在において、“資本主義ならぬ志本主義”が重要な時代である。

“資本主義ならぬ志本主義”とは資本の野放図な自己増殖が成長の限界を招くのであれば、それを回避するために資本から主権を奪い返さなければならない。

しかも、その源泉は資本主義を駆動してきた欲望を超えて、他者にとって価値のあることをしたいという利他的な信念である。

資本主義の源泉はマックスウエーバーが書いた“プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神”の中で、中国やイスラム圏に比べ経済的に遅れた地域だった西欧でカトリックに対抗して16世紀に出てきたプロテスタントの厳格な倫理的生活態度に資本主義の精神があると書かれている。

資本主義は強欲と結びつけられているので、宗教的束縛から欲望が解放されたことが原因だと考える。

だが、ヴェーバーは“真実は逆だ”と洞察し、日常生活全体に禁欲を浸透させた思想が逆説的にも資本主義の精神に繋がったと言っている。

現在の社会において、個々の欲望である資本主義を主張・追求するよりも他者に価値のあるものを提供し、満足してもらう信念が社会や経済を動かす原動力になる。

これが“資本主義ならぬ志本主義”の考え方であり、企業経営の思想としていく時代に突入していると思われる。

【私見】

ビジネススクール時代、マックスウエーバー著“プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神”を読んだ際、理解不能な本(文章や内容)に脳みそが混乱したことを思い出す。

ところが、講義を聞いていくと、これがオモシロイ!

特に、“資本主義の起源はどこで、どのようなプロセスで発生したのか?!”という講義についてはお題目だけで圧倒された。

何故なら、資本主義とは、という視点で考えたことがなく、必然的に存在していたものという幼稚な考え方しかなかったからだ。

ところが、“資本主義とは国政によってよりも営利目的の個人的所有者たちによって貿易と産業が制御されている経済的・政治的システム(ウイキペディア)”と訳すのであれば、現在の成熟した国内経済において“個々の欲望(営利目的)”を前提にしたものではなく、“他者に価値を提供することで得られる成果”がパーパスとなってwin-winの関係性を構築できる。

故に、単発な経済活動から持続可能な関係性を生むことができる。それが資本主義ならぬ志本主義への変換と考える。


      マックスウエーバー著
“プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神”


      51歳からの大学院生時代


    行きつけだったススキノ”文無し”

 

  1. ミッションは上部からの任務ではなく、自身のパーパス(存在意義)として具体化する。

組織上のミッション(使命)とは事業計画に基づき、細部に亘って数値化された目的や目標がミッションと捉えることが多い。

それが任務という責任になり、ミッションという意識が働く。但し、この考え方は受け身の考え方であり、終身雇用時代の仕事の仕方と言ってもいい。

終身雇用とは、企業が正規雇用従業員を定年まで雇用する制度のことで、年齢や勤続年数などを考慮して賃金や役職を決定する年功序列型とともに、日本の雇用制度の特徴といわれている。

ところが、現在は終身雇用から成果主義へ変わろうとしている。また、変わっていると言っても過言ではない。

成果主義とは、仕事の成果や過程に対する評価によって給与や昇格を定めていく人事制度であるため、自らがミッションを明らかにし、確実に成果に変えていくことが絶対条件である。

そのため、個人は“自立”すると同時に、“自律”することが求められる。

また、自律の中には自らのミッションを明らかにし、その結果及び成果に対してパーパス(存在価値)を高めることが求められる。

それが自身の成長につながり、スキルアップしていく基盤となっていく。

【私見】

組織人として生きていた時間は会社から提示された目標(ノルマ)を達成することが優先的ミッションであり、そのミッションを責任感に変換し、アクションしていた自分の姿を思い出す。

営業マンとして生きてきた30年間はミッションの達成を生き甲斐に日々努力し、確実に成果を上げることしか脳みそに無かったと言ってもいい。

また、それが苦しいとか悩ましいという考えに至らず、楽しかったことを思い出す。

ところが、起業家として生き始めるとミッションは組織人としての与えられた目標から、自らの人生観に置き換えた“自己実現”というものに変化していく。

その自己実現の姿を描き切れるかどうかが起業家として生きるための土台となる。

それが自身のパーパス(存在意義)を明らかにすることであり、尚且つそれが人生に挑戦するあるべき姿となる。

私は起業家としての姿を拙著「事業に失敗しないための起業家宣言」で表現したが、一つの節目の成果物として完成させたことがノウハウとなり、その後の事業に活かされ、新たなミッションに向かって現在も歩いている。

そのミッションは現在におけるパーパスであり、人生のゴールが向かって実現したいことである。

ミッションとは自ら考えることであり、パーパス(存在意義)とはそのミッションを確実に形にしていくことによって生まれるものである。


   太陽光発電事業時代の最大規模の現場より


               現在の建売住宅事業で連携する社長と

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